「わあ、あぶねえ!」
危うく刀をよけた升吉はあわててお地蔵様の後ろに逃げました。
「こら、出て来い!」
「いやだよう!」
「おのれえ!」
新之助が刀を上段に振り上げた時でした。
「これ、いいかげんにせぬか」
お地蔵様がおだやかな声で言いました。
「えーい、うるさい!」
とどなった後で新之助は初めてお地蔵様がしゃべった事に気がつきました。
「お、お地蔵様がしゃべった」
新之助がポカンと口をあけ、刀を降ろしたのを見届けると、升吉はお地蔵様の後ろから出てまいりました。
「な、な、しゃべっただろう?」
「うん、しゃべった」
「おもしろいだろう?」
「うん、おもしろい」
二人の子どもはお地蔵様の廻りをくるくる廻りながらお地蔵様をじろじろと眺めまた。
「これ、そのようにじろじろ見るものではない」
権爺はただにこにこ笑いながら、子ども達とお地蔵様を見ておりました。
「こほん、よいか升吉、新之助」
「はい」
「はい」
お地蔵様の神妙な言葉使いに、二人の子どもはちょこんとその前に座りました。
「お前達はこれから、あの世へ行き、閻魔様の前でお裁きを受けるのだから行儀良くしなければいけないよ」
「あのよって何だ?」
「えんまさまってどなたですか?」
きょとんとしている二人に、権爺が優しく説明をしてやりました。
「あの世とは死んだ者が行く所だ」
「死んだって、俺が?」
「拙者が死んだ?」
「お前達自分が死んだことも知らんのか?」
権爺が笑いながら言いました。
子ども達はしばらく顔を見合わせていましたが、お地蔵様が
「お前達は死んだのだよ」
と穏やかな声で言った時、どちらからともなく、大声で笑い出しました。
「これこれ何がおかしい?」
「何がおかしいって、なあ升吉!」
「うん、おかしいよなあ!お地蔵様、熱でもあるんじゃない?」
「熱?無礼者」
「だって俺達、こうやって立ってるし、こうやってちゃんとしゃべってるじゃねえか!」
「ははは、お地蔵様とな」
権爺の言葉に子ども達ははっとして黙りこみました。そしてしばらくの間、お互いの顔を見つめ合っておりました。
「升吉・・・」
「新之助・・・」
お地蔵様が升吉に話しかけました。
「升吉」
「はい」
「お前、ここへ来るまで何をしておった?」
「お、俺、あんまり腹へったから、山のふもとへ行って、高い木の上に一つだけ残った柿を取りに登って」
「お前、その柿を取ろうとしたんか」
権爺が少し怒って言いました。
「うん」
「あほう、その柿はお恵みを下された神様へのお供えのためにわざわざ残してあるもじゃぞ」
「そんな事知ってらい!」
「知っててお前は!」
「だから、食ってねえよ!」
「食うてねえ?」
「もうちょっとという所で枝が折れたんだ」
「折れた?」
「うん、そいでまっさかさまに落ちて」
「落ちて?」
「落ちて・・・あとはわからねえ。気がついたら、道の真ん中で寝てた」
升吉の言葉に新之助が大きくうなづきました。
「拙者も同じだ」
「お前も?」
「拙者は馬に乗ってた」
「馬?へええ、いいなあ」
「馬術の練習だよおもしろくもなんともないよ」
「そいでお前、落ちたんか」
「うん」
「あはは、かっこわるう」
「うるさい!それで気がついたら、道の真ん中で寝ていた」
「わかったであろう。お前達は死んだのだよ」
「し、新之助・・・」
「升吉」
「わーん」
升吉が大きな声で泣き出しました。
「ばか、泣くな!」
「でかい声じゃなあ」
権爺が耳を両手でおさえました、
「だって、だって、もうおっかあやおとうにあえねえなんて、やだやだ、やだよう!」
「これこれ、泣くでない、泣くでない」
お地蔵様がやさしく慰めましたが、升吉は
泣きやみません。
「だって俺、これから一人でどうしたらいいか」
「一人じゃない、一人じゃないよ升吉、拙者がいるじゃないか!」
新之助が升吉の肩をたたくと、お地蔵様が優しくほほえみかけました。
「そうじゃそうじゃ、あきらめてな二人で仲良うあの世へ行くがよい」
「そうじゃそうじゃ、わしも一緒に行くからな」
権爺も優しく慰めてくれたから、升吉の泣き声は小さくなって行き、やがてひくひくとしゃくり上げになりました。
「おうおう、そうして下さるか」
「はい」
「おう、そうじゃ。それなれば、この子も一緒に連れて行って下さらぬか」
お地蔵様がすぐ後ろの草むらから、赤ん坊を一人抱き上げました。
「お地蔵様、この赤子は?」
「いや何、間引きをされた子でな」
「間引きじゃと」
「そうじゃ」
「そうじゃ? なんと軽いおっしゃりようじゃな」
「なんの権爺、間引きごときで心乱しておっては地蔵は務まらぬ」
「わしは行かぬ」
権爺の顔が急にけわしくなったのでお地蔵様は少しとまどったようでございました。
「権爺・・・」
「間引きはわしの村でもたくさんあった。哀れな赤子をこの腕に抱いた事もある。どうして、死んでまでも、そんな赤子を抱かねばならんのじゃ!わしは行かぬ、えーい、行かぬわい!」
子ども達はそんな権爺をポカンと見ておりました。
「では仕方がない。お前達、この赤子を連れて行ってくれるか?」
「はい、拙者が連れて行きます」
新之助がお地蔵様から赤ん坊を受け取りました。その腕の中で赤ん坊はにこにこと笑っておりました。
「よいか、この道を真っ直ぐとって行くとな、広い川原に出る。その向こうを大きな川が流れておる。それが三途の川だ。そこにな、小舟が一艘つないであるから、二人で力を合わせて渡るがよい」
「はい。おい升吉、行こう」
「うん」
「元気出せよう」
「うん」
「気を付けて行くがよい」
「お地蔵様ありがとう」
「はい、さようなら」
権爺は黙って、背中を向けておりました。升吉と新之助はお地蔵様におじぎをすると、
三途の川に向かって歩き始めました
「なあ、升吉」
升吉はまだひくひくとしゃくり上げています。
「元気を出せよ!」
「だって・・・」
「しょうがないだろ、拙者達は死んだんだから」
「お前、よくそんなに簡単にあきらめられるな」
「拙者は武士だ。武士はいさぎよい者なんだ」
「だってもう、おっかあやおとうにも会えないんだぜ」
「母上や父上のことか?拙者は別に会いたいなんて思わん」
「会いたくないのか?」
「うん」
「俺は会いたいよう」
升吉はとうとううずくまって泣き出してしまいました。
「泣くな、泣くなよう」
新之助は升吉を慰めながらふと抱いている赤ん坊がにこにこと笑っているのに気がつきました。、
「ほら見ろよ升吉、赤ん坊が笑ってるぞ」
新之助は赤ん坊を升吉の顔に近づけました
赤ん坊がその小さな手で升吉の顔をなでました。暫くして升吉がクスッと笑いました。
「お前・・・間引きされたのになあ」
「そうだよ、元気出せ」
「うん」
升吉は新之助から赤ん坊を手渡され、しっかり抱きしめました。
子ども達の足取りはほんの少し軽くなったようです。